概要:
「ラッキーモールド」は強運な生物を創りだす実験プロジェクトである。ここでは「運」という要素を生体の技能と仮定して、その能力が世代を通して引き継がれてゆくものかということを考える。この実験は自作のカビ育成マシンを使った数段階のプロセスを経て検証されてゆく。
手法
ダーウィンの「自然選択説」をもとにしたこの実験は一般的なカビを使用する。同種のカビを入れた複数の皿を用意し、この中から栄養を与えるカビをコンピューターのプログラムによって決定する。プログラムは栄養を与えるカビを一つだけ無作為に選択し、栄養分を含んだ液体を投下するマシンを動かして養分を与える。これを繰り返してゆくことで選ばれることが多かったカビは栄養を多く得ることでよく成長し、選ばれなかったカビは成長できなくなる。つまり幸運なカビは生き残り、不運なカビは死滅する。カビを選択するためのプログラムによる不規則性は、それをひたすら続けてゆくと次第にそれぞれの選択頻度が均一になってゆくという問題があるため、これが起る前に上限を定めてその時点で最も選ばれたカビを決定する。
一つの選択期間として、一日に三回養分が与えることを、二、三週間程度にかけて行う。この育成期間中のそれぞれのカビがどれだけ養分を摂取したかという情報はモニター上に表示される。この選択期間が終了したところで最も選択されて養分を与えられたカビを最も「幸運」な個体とみなす。そこで、それを取り出して5つの皿に分け、育成マシンに設置して同じように選別を行う。
ここで設定された環境は不運な性質を持つ個体は淘汰されて生き残ることができない。そこでこの特殊な環境に適応した個体は、強運という形質を次世代に引き継ぎ、世代を経過するにしたがってその能力を強めてゆくと考えることができるだろうか?この一連の実験の最後には上記のプロセスを経て最終的に生き残ったカビと普通のカビを同様の方法で競わせ、運という能力の遺伝が行われたかデータを取って検証する。
背景
我々にとって身近なものである「運」とはいったい何なのであろうか?ダーウィンの「自然選択説」によると厳しい自然環境が、生物に無目的に起きる突然変異を選別し、進化に方向性を与えるという。全ての生物は限られた資源を争う。競争関係にある種とは、共通の資源、ニッチを求めるもののことである。そして全ての生物がこの競争に平等な条件で望む訳ではなく、生存と繁殖に有利さの差があるとダーウィンは考えた。
例えば、同じ地域に生息し、同じ環境、同じ餌を求める二種の動物があるとする。餌の量は有限であるから、一方が多く餌を食えば、他方は食うものが少なくなり個体数が減る。このような場合に、この二種の動物は餌に関して競争関係にあると言い、上記のような結果が出れば、数を減らした方が競争に負けたことになる。生物の進化の最も大きな原動力となるのは、一般的には種間競争よりも種内競争と考えられている。それは同種の個体同士が同じ環境、同じエサ、同じ配偶相手を利用しなくてはならないため、もっとも密接な競争関係にあるからである。
生物がもつ性質が次の3つの条件を満たすとき、生物集団の伝達的性質が累積的に変化する。
1. 生物の個体には、同じ種に属していても、さまざまな変異が見られる。(変異)
2. そのような変異の中には、親から子へ伝えられるものがある。(遺伝)
3. 変異の中には、自身の生存確率や次世代に残せる子の数に差を与えるものがある。(選択)
上記のメカニズムのうち、3番目に関わるのが自然選択である。生存と繁殖に有利な性質を持った個体が生き延び、より多くの子を残し、逆に不利な性質を持った個体は長生きできず多くの子供を残せない。
運とは、その人の意思や努力ではどうしようもない巡り合わせを指す。自然界において時にこの運があるかないかが個体の生き残りを大きく左右する要素となることも多い。この作品では「運」という要素を生き残りのための能力とみなし、それが世代を超えて遺伝されてゆくのかを観察する。